2020年4月19日の礼拝説教 「箱舟を造れ」

2020年4月19日の礼拝説教

                       「箱舟を造れ」  中道由子牧師

                                            <創世記6章11~22節>

                                             中心聖句:創世記6章18節 

 

 

イントロ;おはようございます。先週がイースター、復活祭でした。

主の甦りを記念して、心から主の御名をほめたたえます。

鵠沼教会では2月から創世記を学んでおります。

今日は6章から始まるノアの箱舟について共に学びたいと思います。

今日の個所の前の創世記5章を開いていただくと、誰が何歳の時、生まれ、そしてその人は何歳まで生きた、と詳しく書いてあります。

誰がどのくらい生きたかアダムからずっと記されています。この個所を読んですぐにわかるのは、どの人もすごい長生きだということです。

ノアは神様から箱舟を造れと命じられた時、600歳でした。

ノアの箱舟の物語を、3つのポイントからお話しいたします。 

1、人の罪と神の悲しみ 2、主のみこころにかなった人 3、救いのための備え 

 

1、人の罪と神の悲しみ

 創世記6章1節によると、「地上に人が増え始め」ました。人が増加していくことは、本来なら神の御心にかなうことでした。しかし、罪を持った人間の数がただ増加していくだけでは神の祝福にはなりません。それどころか、かえって罪が増大していき、道徳的に堕落が拡大してしまいます。

今日、日本でも離婚率が高くなり、DVや子どもの虐待など家庭の問題が浮上しています。人間の悪と腐敗は今も同じです。

創世記6章6節「主は、地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。」とあります。これは決して神さまの側に失敗があったということではありません。

そうではなく、神さまは「残念に思われた」のです。人間が本来の創造の目的から離れて生きていたために、神は心を痛められた。主なる神は、聖なる方、罪のない方です。それゆえに聖なる御自身のかたちに造った人間が罪の中を歩んでいるのを見るとき、主なる神は心の底から悲しまれるのです。それで人の一生を120歳くらいに短くされました。

神が残念に思われた人物の事例として一人あげるとしたら、旧約聖書のサウル王であります。神さまが聖絶しなさいと言った物を惜しんで、良いと思われるものだけ取っておきました。そしてサムエルにそのことで叱責されると、「主にいけにえを献げるための物です」と言い訳をしました。サウルは、とても残念な人です。

主は、サウルに期待をして選んだのに、がっかりなさいました。

さて創世記の物語に戻ります。悲しんだ神さまは、決心します。

創世記6章7節「わたしは人を創造したが、これをぬぐい去ろう。」と。

 しかし一人だけ神様のお気に入りの人物がいました。

創世記6章8節「しかし、ノアは主の好意を得た」(共同訳)とあります。

 

2、主のみこころにかなった人

創世記6章8節を新改訳聖書では次のように記しています。

「しかし、ノアは、主の心にかなっていた。」

このような暴虐の時代にあっても、ただ一人ノアだけは主のみこころにかなっていた。

ノアが神の前に完全な人だったからでしょうか?そうではありません。彼も弱さを持ち、失敗をする人でした。しかし、彼は自分の力に頼って歩まず、主の恵みによって歩む人でした。

創世記6章9節「ノアは、神に従う無垢な人であった。」

無垢とは、愚直な人のことです。ノアは、人つきあいがよく、世渡りが上手なタイプでもありません。ただ神様に従うことにおいてのみ、バカ正直といえるほど実直な人でした。

ある日のことです。神様のお声が聞こえてきて、次のように言われました。

「ノアよ。わたしは洪水を起こして、この悪い人間を滅ぼします。だから、あなたは、すぐに箱舟を造りなさい。」と言われて信じられますか?雨も降ってないお天気の日に。

それだけじゃない、「大きな大きな箱舟を造りなさい。そして、あなたと、奥さんと子どもたち、お嫁さんも箱舟に入りなさい。」と。

このように日曜学校で話しました。この箱舟はゴフェルの木(いとすぎ)を使います。箱舟の機能は、船のように水に浮かぶことと雨がはいってこないことです。ですから、箱船の上に屋根を設け、下はやにを丁寧に塗って防水します。もちろん、衝撃を受けて壊れないように、部屋ごとに構造補強もしたでしょう。
 ノアが建造した舟、は神が設計されました、設計図を見ると、私たちの想像を絶するものだそうです。長さは300キュビト。約138メートルです。ここからどのあたりくらいでしょうか?幅22,5メートル、高さ13,5メートルです。細長い船ですが、サッカーの競技場ほどの大きさです。しかも、海辺ではなく、アララト山の頂上に造れというのですから、これは気が遠くなるようなことです。中は三階になっていて、部屋は百くらいあります。出入りや光のための工夫もされているようです。当時はまだ大規模な造船の知識がなかったことを考えると、これはまさに神の知恵であったことが分かります。

細やかな箱舟の建築法は、全地をおおう悪にもかかわらず、救いの熱意がこもった神の愛を表していました。

長い時間がかかったでしょうね。3人の子どもたちは父親を助けて、この箱舟をつくりあげました。周りの人から変わり者呼ばわりされて、バカにされたでしょう。

120年後に来る洪水を信じることは難しいことです。しかし、ノアは神様のみことばを愚直に信じました。

私は、ノアも家族もその間、他に仕事ができたのだろうか?と思います。とにかく、この神様のお告げにお金も時間も労力もかけて従ったわけです。

 このような箱舟を造れと言われて、いくら神の声だとはいえ、私たちは「アーメン」と言って、取り掛かることができるでしょうか?しかし、ノアは最後まで神の御言葉とその御声を信じて疑わず箱舟を造りました。これがノアの素晴らしい信仰です。

 私たちはイエス様を信じ、救われ、信仰生活をしてはいますが、常識的なレベルに留まっていることが多いです。しかし、真の信仰は信じられないことを信じることです。奇跡を信じ、復活を信じ、天国を信じることです。理性では理解できなくても、信仰によって理解できます。

ヘブライ人への手紙11章7節「信仰によって、ノアはまだ見ていない事柄について、神のお告げを受けたとき、恐れかしこみながら、自分の家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世界を罪に定め、また信仰に基づく義を受け継ぐ者となりました。」

 

3、救いのための備え 

興味深いことですが、神様はまず箱舟を造るように命じて、その後で箱舟が必要な理由を語っておられます。

創世記6章17節になって初めて「洪水」の予告をしているのです。私たちは多くの場合、最初から神のみこころが分かるわけではありません。しかし、そのような場合でも、神にはご自身の計画があることを信じて従うことです。

私は、バシリア・シュリンク著『苦しみに打ち勝ちたいあなたに』という本からこのような祈りを学びました。「神様、私にはあなたのなさることが分かりません。でもあなたを信頼します。」この祈りによって心が解放されました。この本から少し引用します。

「神の導きを理解しようと思わないでください。あなたにとって、無意味に思われる道、暗黒と混乱に至る道、あるいは行き先が隠されている道に、なぜ主があなたを導かれるか尋ねるのを止めなさい。その代わりに、主を信頼しなさい。主は全知であり、愛に満ちた永遠の神で、あなたの父なる方であられます。その心は愛そのもので、その御心は善であることを知りなさい。あなたはあたかも混乱の中をさまよっているかのように感じるかもしれませんが、主は知恵ある永遠の計画に従ってあなたをすばらしいゴールへと導いておられます。愛であり真理であられる神は決して自分の子供を混乱には導かれません。ですから、主があなたにもそうなさるはずはありません。あなたからそう見えるだけです。信頼して主を待ちなさい。そうすれば、この一見無意味な道が、深い意味を持っていることがわかるでしょう。神はあなたを畏敬と驚きで満たす結末を用意しておられるからです。」

 神は、大洪水によって、「命の霊をもつ、すべて肉なるものを天の下から滅ぼす」と言われました。しかし、ノアとその家族だけは別でした。神はノアの家族を救うために、ノアと契約を結ばれたのです。ここは聖書の中で最初に契約という言葉が出てくる箇所です。

契約というのは、神がその約束を確かなものとするために、神ご自身にかけて約束されることです。神はノアのゆえにノアだけではなく、彼の家族も救い出そうとして。「あなたは妻子や嫁たち共に箱舟に入りなさい」と命令されました。もちろんノアは強制的に家族を箱舟に入らせるわけにはいかない。箱舟を建造することも、箱舟に入ることも、家族の同意と協力なしにはできないのです。ノアは神の御言葉を家族に伝え、家族もノアと同じ信仰によって行動するように導きました。ノア個人が一人だけ救われても、洪水後の新しい神の民は形成されないのです。彼は家族と共に救われる必要がありました。

使徒言行録16章31節「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」

韓国の牧師ハ・ヨンジョ先生はこう言われました、「救いには、個人の救い、家族の救い、社会の救い、人類の救いがあります。このうち最も重要なのが家族の救いです、私たちは遠くへ行って福音を伝える以上に、家族が救われるように祈りましょう。」

今回新型コロナウィルスの影響で礼拝が持てず、茅ケ崎教会のホームページから録音された礼拝を聞いて礼拝を持っています。ある方はどうやって、インターネットに接続するかわからない方もおられるでしょう。でも、ご家族を呼んで、スマホから聞かせてもらうことができます。その時、その家族の方もみ言葉を聞くでしょう。

あらゆる機会を用いて福音を家族に伝えましょう。箱舟に入るためです。

日曜学校の子供たちに話します、「小学校を卒業しても、中学校を卒業しても教会に来てください。教会はみんなを守る箱舟ですから」と。

 創世記7章5~7節「ノアは、すべて主が命じられたとおりにした。ノアが六百歳のとき、洪水が地上に起こり、水が地の上にみなぎった。ノアは妻子や嫁たちと共に洪水をまぬかれようと箱舟に入った。」

神様は、約束の実現を遅らせておられるのではないのです。ただ、一人も滅んでほしくない。神は、私たちが救いを求めて神に来ることを忍耐をして待っておられるのです。

 創世記7章で、洪水が起こりました。神様はノア一家を心に留められました。神様が心に留めるとは、神さまの救いを意味します。ノア一家は、箱舟の中に一年以上生活をしました。やがて水が引いて、ノア一家は箱舟から出ました。創世記8章です。

 箱舟から出てきたとき、ノアの家族はどのように感じたでしょうか?深刻な表情であったと想像できます。ノアは神が行われた裁きを見て、神と罪が決して共存できないことを再確認しました。箱舟から出てきたときの状況は、ノアが600年間生きてきた洪水前の姿ではありませんでした。世に生き残ったのはノアの家族だけでした。

箱舟から出てきたノア家族がまずしたことは何だったでしょうか?

祭壇の上に焼き尽くす献げ物をささげて、主を礼拝したのです。

新型コロナウィルスは神様がなさったことではありません。神様はこのような形で私たちを苦しめることを喜ばれません。しかし、どんな悪しきことの中にも神はご自身の子供たちに良きことをなしてくださるお方です。このコロナウィルスの感化が溶けたら私たちは何をしたいでしょうか?学校に行きたい、仕事をしたい、旅行に行きたい。

それ以上に、教会でみんなで主を礼拝したい!と思いませんか?

 主を礼拝したノアと彼の家族に、神はもう一度「産めよ、増えよ。」と祝福し、契約のしるしを見せてくださいました。そのしるしとは、虹です。

創世記9章13節「すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。」虹は英語ではレインボウです。レインは雨、ボウは弓です。雨の後に虹が大空に出る。それは神様が、弓という武器を空に置くという意味です。もう二度と武器を手に取らない。神様の誓いのしるしです。ノアたちとすべての生き物との間に虹の契約立ててくださり、「今後水が洪水となって人類を滅ぼすことは決してない。」と神は言われたのです。

私たちは雨上がりの虹を美しさに心が洗われる思いがします。しかし、虹は、私たちが見て神様との契約を思い出すものではありません。神が契約を思い出すのです。

創世記9章16節「私はそれを見て神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」と神様が虹を見て、ご自分が人と立てた契約を思い出すから、と言ってくださっているのであります。

今も神は変わりなく、虹の約束を守り続けておられるのです。

 この契約は、ノアとノアの家族だけでなく、その子孫である、私たちにも及んでいます。

私たちは、罪が満ち、一度滅ぼされた裁きの後に生きていますが、ノアが見た同じ虹を雨上がりに見せてもらっています。私たちもノアのように力を得て賛美をすることができます。主が造ってくださった新しい世界の回復を祈りましょう。