先週の説教要約 「神の翼に乗って」

○先週の説教要約
『神の翼に乗って』                   上中光枝牧師
《あなたたちは見た わたしがエジプト人にしたこと また、あなたたちを鷲の翼に乗せて わたしのもとに連れて来たことを》。(出エジプト19:3−6)
これは、神がモーセ十戒を与えられる直前に語られた御言葉です。確かにイスラエルの民はエジプトを脱出し、紅海を渡り、追ってきたエジプトの軍隊は滅びました。イスラエルは救いを喜び、勝利の讃美をしました。しかし、神が《あなたたちを鷲の翼に乗せて…連れてきた》と言われた時、モーセはこの言葉をどのように聞いたでしょうか?
イスラエルの民がエジプトを出て、3か月が経っていました。すでに、生きるか死ぬかの旅が始まっていました。民は、水がない、パンがない、肉が食べたい、と訴え、エジプトが良かった、自分たちを殺すためにここに連れてきたのか、とモーセを責めました。また、アマレクとの戦いではぎりぎりのところで勝利しました。モーセは、イスラエルの民のためにも、朝から晩までトラブルの解決に当たらなければならず、千人、百人、五十人、十人隊長を選んで、民の裁きを分担しました。命辛々エジプトから逃れたものの、過酷な環境、外敵、民の間の問題と、日々戦わなければなりません。《翼に乗せて連れてきた》と言われても、現実とはあまりにかけ離れていると、感じられたことでしょう。
救いは、神の御計画でした。
神がエジプトで奴隷とされているご自分の民の苦しみを見、追い使う者のゆえに叫ぶ叫び声を聞いて、降り、救って、安息の地へ導き上ると約束されました。イスラエルの民を苦役と拘束から解放して神の民、宝とするためです。神はこの小さく弱い民をあえて選び、世界・神を知らない民とのとりなし手としての使命を与えられました。
この出エジプトは、救いの原型と言われます。主イエスの十字架によって私たちは、罪の束縛から解放され、神のものとされました。救いは、神の主権のもとにあり、神の業なのです。厳しい現状と同時に現わされ、進行している神の業に目が開かれ、力を捨てて翼に運ばれるように、神に信頼して歩みたいものです。